薬指のブログ

日々おこる出来事や想いを綴ります

晩ごはんがいらない日、は嬉しい

夫から、「この日は晩ごはんいらないよ」と言われることがあります。特に今月12月は忘年会があるので、今のところ2回ほど「晩ごはんいらない日」があります。

毎日毎日途切れることなくご飯を作るのはしんどいし、冷蔵庫の余りがちな食材の調整にもなるので、「いいねえ」と内心呟きます。そして、そそくさとカレンダーに「晩ごはん☓」と書き入れます。私は先週、実家の分・我が家の分と、土曜も日曜も2回ずつ夕食を作ったので、さぼっていい日があるとホッとします。

 

以前は、夫は会社帰りに急に飲みに行くことがありました。そういう時、「晩ごはんいらない」の連絡はしてこないことが多かったです。特に携帯電話のない時代(20年以上前)は、飲みに行ったとしても家に連絡を入れるなどありませんでした。

最近はコロナ禍で飲みに行くことも減り、予定された飲み会だけになったので、夫の晩ごはんが丸ごと残ることもなくなりました。

 

さて、本日は「晩ごはんいらない日」1回目です。

夫は出張で朝6時に家を出るというので、5時に起きることにしました。サッカーのワールドカップを見るために、何時にアラームをかけようかと迷っていたので、早めの出勤というのは丁度良かったです。

予定通りに5時に起きると試合前半は終わっていて、1階に降りキッチンのテレビをつけると、2-1と日本は逆転していました。決定的瞬間を見逃してしまった!朝食を作りながら食べながら試合を見守りました。

福岡県の我が家はまだまだ外は暗いのに、テレビに映る渋谷はすっかり夜が明けていて、サポーターの人たちも、それほどでもない人も皆が喜んでいて、良い光景だなと思いました。勝利でき決勝トーナメントに進めて本当に良かったです。

 

白髪が増えませんように

美容院に髪を切りに行きました。大体、3カ月に1回のペースで、マニュキュアとカットをしてもらいます。バブル泡の機械を使いながら髪を洗ってもらい、美容師さんと何気ない会話をし、待機する時間にはコーヒーを飲みます。美容師さんとはもう10年以上のお付き合いで、私にとって癒しのひとときです。

以前は髪をカラーで染めてましたが、髪がゴワゴワするので、数年前からマニュキュアをするようになりました。今のところ白髪も少ないので、マニュキュアで白髪を目立たないようにしています。マニキュアは表面をコーティングしてるだけで、濃い目の茶色は時間がたつと少しずつ落ちていきます。

今はまだ白髪が少なくそれでよいですが、分量が段々増えていき目立つなと感じるようになったら、白髪染めを始めると思います。

一体どのくらいの頻度で白髪染めをするのでしょうか?

美容師さんによると、リタッチの一番早い方は3週間くらいで来店されるそうで、白髪が多い方の場合です。気になるのはお値段で、リタッチの代金は1ヶ月以内なら5000円、1ヶ月を過ぎると7000円とのことでした。白髪がたくさん増えた場合は、1ヶ月くらいでリタッチを繰り返すと、キレイな状態をキープできますね。でも毎月美容院って・・・一度踏み入れると抜け出せない沼のようになります……。

 

あと数年で年金生活に突入するので、美容にそれほどお金をかけられないかもしれません。費用が捻出できないなら、白髪は自分で市販のもので染めるか、黒く染まるヘアトリートメントを利用しようと思います。

それと、白髪が増えないよう気をつけたいです。
でもどのように?
白髪が増えないようにする方法なんて、あまり聞いたこともないのですが・・・

 

頭皮のマッサージをし血行を良くすること
ストレスをためない生活を送ること
適度に運動すること
きちんとした食生活を送ること  
らしいです。どれも基本的なこと、頑張ります。

通った中学校への行き道がわからない

実家にきた時の食材の買い出しは、少し離れたところの、品揃えの良いスーパーに行きます。確かこのあたりは、私が3年間通った中学校に近いと思うのですが、どこをどう行けば中学校にたどり着けるのかがわかりません。中学校への道がわからないなんて、どうかしてますね。

 

私が子どもの頃過ごしたこの地域は、市の中心部から郊外の、人口急増地域でした。近くでは、大渋滞していた国道のバイパスとして、片側3車線の大きな道路が町内を横断するように造られました。開通は、私が10代後半の頃だったと思います。

バイパスが開通してからは、長い年月をかけ段々と田や畑が減り、かわりに店舗、マンション、住宅が建ち、いつの間にか風景はすっかり変わっていきました。学生の頃は、自転車でウロウロとあちこちを巡ってたけど、道路の形状から何もかもが、あまりに変わってしまったので、新しい道に車で出かけることはしませんでした。

最近よく利用するこのスーパーも、最初はグーグルマップで行き道と帰り道を確認してから来ました。出身中学をマップでたどると、確かにすぐ近くなので、昨日は思い切って学校の方向に行ってみました。

 

住宅街の細い道を抜け、大きな道路を横切ると、フェンスに囲まれた広い校庭が見えてきました。40数年ぶりに来ましたが、外観が当時のままかどうかもわかりませんでした。

中学時代に取りたてて良い想い出があるわけでもなく、厳しい校則と教師、緊張感のある授業風景を思い出します。大きな出来事といえば、生徒の人数の増加の為、3年生に上がる時に中学校が二つに分かれたことです。ひと学年に11クラス(450人くらい)は7クラス(300人くらい)に減りました。担任のお気に入りだった「○○うどん」はもうなく、その先にあった産婦人科もなく、初めてきた場所のようでした。それでも道は当時のままで、安心した私は、JRの踏切を越えそのまま車を走らせました。片側1車線の国道まで出たあと、駅のそばのショピングセンターを通過し、ユニクロや飲食店などの店舗を見ながら実家に戻りました。

私は本来、知らない道を車で運転するのは苦手です。だけど買い物帰りのちょっとしたドライブが面白かったから、実家に来たらまた近辺を探索してみようと思います。

 

サザンカ



エチケットカッター

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こちら、エチケットカッター、鼻毛切りです。父に買いました。

先日実家に行ったときに、一緒にひげそりをし、ついでに伸びてる鼻毛も小さなハサミでカットしました。ハサミだとちょっと危ないと思ったので、安全面も考え電動のカッターを購入しました。

これでウィーンってやると、安全に処理できます。

心配なのは、電源を入れることができるかです。先日は、ひげそりシェイバーの電源の入れ方がわからなくて、洗面所で両親はあたふたしてました。ボタンを押すだけなのですが、それがすぐにできないのです。

電源を入れるには、上にスライドします。難しそうなので、その部分にテプラで大きく「上にあげる」と貼りました。ついでに方向を示す矢印→も入れました。

これでわかるでしょうか・・・難易度少し高いです。

母にしっかり教えるしかありません。「お父さん、ひげ剃ろうよ」と声をかけるのは、母ですから。

よくよく考えると、この本体は何?とわからないかもしれません。何せ初めての鼻毛切りです。
「鼻毛切り」とデカデカと表記しようと思います。

そして、前回ヒゲそりシェイバーを使う時、蓋を開けることがわからなかったので、「フタ」も貼りました。

できた。こんな感じです。

使う時は、まず、フタをあけることからです。フタをあけるには、すこし力がいります。これで小綺麗にして、デイサービスに通ってもらいましょう。

 

両親は、できないことが少しずつ増えてます、特に家電の操作などです。数年前まで、レコーダーの録画もできていたのに、今では使えません。電子レンジは、新しいものにし操作が変わったのもありますが、使えなくなりました。仏壇へのお参りも、父はすっかり忘れてしまいました。これについては、ロウソクに火を灯すのが危ないし、むしろその方がいいくらいです。

二人とも字はまだ読めるので、新しい道具に名称を貼りました。若い頃から当然のように使っていた文字は、高齢になっても読めるようです。父は少しあやしいかな。若いうちに習得したことは、いくつになっても出来るのですね。

 

「晩ごはん何?」からの解放

今年4月から夫と一緒に住めるようになり、以前より一緒に過ごす時間が格段に増えました。先日ふと思ったことがあります。

「今日の晩ごはんは何?」と夫が私に言ったことがないのです。
「言わないよね・・・私は以前言わないように頼んだ?」

と聞くと、不思議そうな顔をして、「いや・・・何のこと?」との返事。

ただ単に、その日の晩ごはんが何であろうと気にならないようです。晩ごはんを催促するようなセリフは言わない配慮・・でもないようでした。食べることに関しては、むしろこちらが休日に、昼ごはん何がいい?惣菜パン?パン屋のパン?ラーメン?などしつこく聞いてるくらいです。

 

子ども達が幼い頃、特に夏休みなどは、

朝ごはんが終わると、昼ごはんは何?と聞かれ
昼ご飯を食べ終わると、晩ごはんは何?

と聞かれる毎日でした。

食べることが楽しみで話題にでるのは当然ですし、返事は適当に答えていました。他愛もないやり取りで、当たり前の光景かなとも思います。

休日に家族で出かけたある日のこと。夕方遅く帰宅して玄関の扉を閉めるなり、娘から「晩ごはん何?お腹すいてるの。」と言われました。昼間から夕方までずっと一緒の行動で、晩ごはんを準備することなどは当然できていないのです。このタイミングでの晩ごはんの催促に、「魔法のように晩ごはんは出てこないよ。」などと言ったと思います。

そんなことが度々あり、いつも家族から浴びせられる「晩ごはん何?」をどうにかしたい、メニューに悩みながら食事を準備する私の気持ちを伝えた方が良いのでは、と思うようになりました。思い切って上の娘に、

「晩ごはん何?って聞くのはやめよう」

と言ってみました。

理由は、メニューが決まってないことが多いし、
スーパーへの買い物が済んでないことがあるし、
メニューの変更もあるし・・・
それと、言われると晩ご飯を作る時間になったようで嫌なのよ、と正直に言いました。最後の理由が一番言いたいことでした。

はっきり覚えていませんが、娘が小学校高学年の頃だったと思います。「うんわかった」と言い、すぐに彼女は妹に説明にいきました。それ以降二人は、「お腹すいたよ、まだなの?」は言うけど、合言葉のような「晩ごはん何?」は本当に言わなくなりました。

「晩ごはん何?」のセリフを、まさか母親が嫌がってるとは、晩ごはん作りに実は四苦八苦しているなんて、子ども達には初耳で理解が難しかったと思います。でも私は正直に説明して良かったと思っています。親だって能力や耐える力に限界があるし、嫌なことは嫌だと伝えることも大事なことだと思います。チクチクと催促されるような、焦るような気持ちから解放された記憶に残る出来事です。

<フィカス>



 

 

チャイムを鳴らす訪問者

昭和の頃、昼間に家にいてチャイムを鳴らす訪問者がきた時、特に厄介だったのはそれが「押し売り」の場合でした。父は夜勤の仕事で昼間いることがあり、しばしば遭遇したようでした。

今なら玄関のチャイムは、インターホンにモニター付きが多く、何ならモニター越しの会話だけで用事を終わらせることができます。ですが昔は家にインターホンはなく、チャイムがあるだけでした。チャイムのない家は、来客が玄関をトントンとノックしてドアを開け家人に声をかける、という具合でした。

私が住んでた一軒家にチャイムはありました。チャイムが鳴り玄関に行くと、すでに訪問者は玄関のドアをあけてひょっこり顔をのぞかせていました。勝手に家に入り玄関の土間に立っている人もいました。訪問者が押し売りの場合はそこからが大変で、商品の説明から始まり、延々と買って欲しいという話が続きました。ときには1時間粘られることもありました。

母が買った海藻のりは、有明の方からやってきた行商のおじさんからの購入でした。のりは次第に湿気を帯びフニャフニャし紫色に変色し、まずくなりました。こんなにたくさん買うからだと文句を言ってましたが、翌年また同じくらいの量を買わされました。

気弱な父は押し売りから、百科事典のような厚みの、1冊に何編も載っている文学書を買いました。全部で12巻くらいあり、読みなさいといつも言われました。2歳年上の本好きの兄は、すぐにほとんどを読んだようでしたが、私はそれほど本に興味がなく、小さな文字ばかりの文学書を読むのはイヤでした。小学校低学年の頃でした。それより、もっと字が少なく絵がたくさん載ってる本ならいいのにと思っていました。

その後父が押し売りから、またしても重く分厚い文学書を購入しようとしました。ちょうど私が学校から帰宅した時にその場に出くわし、「分厚い本は読みにくいのでいりません」と断りました。中学生の頃だったと思います。「読みたい本を自分で買いたい」と言うと押し売りは帰っていきました。

あとは、クロレラ、5円玉で作った鶴亀の額縁、雑貨やら色々なものを売りに、いつも誰かが家のチャイムを鳴らしました。親がいないと言うとあっさりと帰り、子どもだった私たちが何かを買わされたことはありませんでした。

その後、強引に商品を買わせる押し売りは問題となり、法整備が進み、次第に私たちは押し売りを「訪問販売」と呼ぶようになりました。私も結婚後、布団やその他の購入を持ちかける訪問販売にかなり悩まされてきましたが、ほとんどきっぱりと断ってきました。

 

毎日家にいると、平穏な空間に突如割り込むかのようにチャイムが鳴ります。宅配便ならトラックの様子でわかり、宗教や一目でセールスだと思った時は、居留守でだんまりを決め込みます。

昨日チャイムが鳴ったとき、うっかり私は「はーい」と応答してしまいました。

「〇〇(会社名)です。この地区の担当になりました。ご挨拶にきました、お願いします。」と言うので、モニター越しにどのような業務内容かを聞くのだけれど一切答えてくれません。「ご挨拶したい、お願いします」ばかりを連呼し、会話にならなかったので帰ってもらいました。なぜ仕事内容の概略を説明しようとしないのか、不思議です。

これからもずっと続くであろうチャイムを鳴らす不意の訪問者。鳴るたびに私は、さあどうしよう、と一瞬身構えます。上手くさばく策があるなら、教えて欲しいです。

 

<押し売りから買った文学書>
一房の葡萄有島武郎 掲載の挿絵
私は絵ばかり眺めていた



夕方が好き、秋が好き

日が暮れるのが徐々に早まっているので、最近はウォーキングの時間を早めにスタートさせます。16時半過ぎには家を出て、下校中の中学生の列を眺めながら、今日も平和に一日が終わればいいなと思いながら歩きます。

誰もが家路に向かうこの時間。夕方のこの時間は昔から何だか好きです。

 

30歳代後半にようやく夕方までのパートにいけるようになった時、やっと昔の自分を取り戻せたような気分になりました。学校帰りの学生のように、会社帰りの人と同じように、夕方になると自分の家に向かう。体は部活帰りのようにくたびれてるけど、それも心地良かった。今は在宅で少し感覚は違うけど、それでもやはり夕方は好きです。

私の住んでるこの地区では、17時になると防災スピーカーから童謡が流れます。童謡が流れるのはわずかな時間だけど、ノスタルジックな瞬間です。

 

暑くもなく寒くもなく、秋っていいですね。ずっと秋が続けばいいのにと思ってしまいます。秋だな・・と感じているうちに、冬に咲く草花も今のうちに準備します。

毎年植えるビオラ。晩秋にでる株が良いと聞くので、いつもこの時期に植えます。

可愛い小さな花が、春先まで順々に咲きます。