薬指のブログ

アラカン主婦の日記

生徒会長H君のこと 家族はその後をどう生きるのか 

還暦を数年後に控え、小学校、中学校の同級生の記憶が薄れていく一方です。でも一人だけ、今でも鮮明に思い出せる人がいます。
中学生の時、私はH君がずっと気になる存在でした。よそのクラスなのに、いつも気にしている人でした。好意を持っていたわけではありません。確か野球部。校則守ってるし普通の人なんだと思いながら過ごしていました。H君が生徒会長に立候補した時は、本当にびっくりしました。

3年生になるとH君と私は同じクラスになり、嫌だなと思いました。H君と同じクラスだと兄に話すと、ぎょっとした顔をし目をそらせました。もうこの話をするはやめようと思いました。

うちの家は以前、泥棒に入られたことがあります。冷蔵庫の上に置いてあった父の給料袋ごと10万を盗まれたのです。日中、和室のガラスが粉々に割られ、そこから侵入されました。巡回中の警察官が、昼間にうろついていた中学生に職務質問し、泥棒に入ったことを認めました。発覚が早かったので、10万はそのまま戻りました。その中学生が、兄と同じ中学の同級生だとわかった時は本当に衝撃でした。中学生は前日、うちの家に遊びに来ていたのでした。兄の友人だったわけではなく、友人が勝手に連れてきたということでした。家族は兄を非難などしなかったと思いますが、バツの悪い、なんとも言えない表情を兄がしていた記憶があります。その中学生が、H君のお兄さんでした。その後、少年院に行ったということを聞きましたが、それからは知りません。

H君と私は同じクラスでしたが、同じ班になることがなかったので、言葉を交わすことはあまりなく終わりました。生徒会長をし、明るく、真面目に、穏やかに学校生活を送っているように見えました。成績もそこそこで公立高校に進学しました。私はクラスの誰かに、自分の家で起こったあの出来事を言うことはありませんでした。

当時を振り返りこの年齢になり思うことは、多感な中学生のH君がどんなに辛い思いをしていたかということです。なのにみずから生徒会長になり、普通に学校生活を送りました。非行に走る兄と真面目に生きる弟。H君の親御さんの胸中は想像することができないくらい複雑なものだったに違いありません。そういえば、H君は担任の先生ととても仲良しでした。温かく兄貴のような担任は、彼にとって大きな存在だったのではないでしょうか。

10年前くらいに、担任が教職を定年退職する時に集まりがありました。彼が世話人だったようで電話連絡をくれました。一瞬で遠い昔を思い出しました。しっかりしているなと安堵の感情がわきました。

昨今、犯罪者の加害者の家族について語られることが少しずつ増えてきています。家族はその後を、どのように生きていけばいいのか。そんな記事を目にする度に、40数年前のH君の姿を思い出します。